東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)198号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第六号証(昭和五六年特許出願公告第二〇九八三号公報、以下「本件公報」という。)によれば、本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、次のとおりであると認められる。
本件発明は片面段ボールを製造するシングルフエーサに関し、送られてくる中芯紙を上しわ付けロールと下しわ付けロールとで挟んで波形のしわを付け、しわ付けされた中芯紙を下しわ付けロールに沿つて移行し、移行の途中で中芯紙のしわ頂の糊付けし、糊付けされた中芯紙に圧力ロールによつてライナ紙を貼り合わせる片面段ボールを製造するシングルフエーサに関するものである(本件公報第一欄第三二行ないし第二欄第四行)。
シングルフエーサによつて片面段ボールを製造する際には、中芯紙がそれ自体の弾性と下しわ付けロールの回転に伴う遠心力とによつて、下しわ付けロールから離れるのを防ぎ、かつ中芯紙を下しわ付けロールに沿つて誘導するための手段が必要である。このため従来のシングルフエーサでは、上しわ付けロールと下しわ付けロールとの噛合点から下しわ付けロールと圧力ロールとの接触点まで下しわ付けロールに沿つて中芯紙誘導用フインガを配置していた。しかしこれは、<1>フインガに対応する中芯紙のしわ頂には糊付けができない、<2>フインガに糊が付着堆積する、<3>フインガ溝に正確に挿入する必要があり、フインガの再セツト作業が非常に面倒である、<4>ライナ紙を中芯紙に貼り合わせるときに中芯紙の波形がいびつになる、これはとりわけ高速運転時に顕著である等の問題点があり、このため、中芯紙誘導用フインガに代えて、下しわ付けロール表周面で中芯紙を吸引保持して移行できるようにしたサクシヨンタイプの下しわ付けロールを備えた片面段ボールを製造するシングルフエーサが考えられた。これには、ロール表周面に多数の吸引孔を設け、吸引孔を大気圧より低圧に維持しているロール中空部に通じたものや、ロール表周面に囲繞する円周溝を設けてその溝に吸引パイプを挿入したものがあつたが、前者については、吸引孔が直接中芯紙と接触するので目詰まりが起こり易く、この傾向は高速運転時特に顕著であること、吸引面積が吸引孔部分に限られるので中芯紙を吸引する力が弱く、高速運転すれば中芯紙がロール表周面から浮いてくる部分が生じるという欠点があり、また後者については、吸引パイプを挿入しなければならないので、円周溝の溝幅を広くとる必要があり、特に中芯紙が薄手材料の場合、吸着された中芯紙は溝幅のところで凹み、その部分が糊付不足あるいは成形不良となり不良製品をつくるおそれがあり、高速運転時にはこの傾向が特に著しく、溝幅及び溝底の限度一杯に吸引パイプを挿入すると吸引パイプを損傷し、溝サイズより小さい吸引パイプを挿入すれば吸引効率を悪くし、高速運転に適さないという欠点があつた(同第二欄第五行ないし第三欄第三六行)。
本件発明は、右知見に基づき、下しわ付けロールを高速運転しても、強い吸引力で中芯紙を保持して移行できるようにするとともに、中芯紙の損傷変形及び糊付け過不足部分の発生を防止できるようにした片面段ボールを製造するシングルフエーサを提供することを目的とし(同第三欄第三七行ないし第四二行)、本件発明の要旨記載のとおりの構成を採用したものである(同第一欄第一九行ないし第三一行)。
本件発明は前記構成を採用したことにより、円周溝の溝幅を可及的に小さくでき、高速運転に伴つて強い吸引力で薄手材料の中芯紙を吸着しても溝幅による吸引凹みが発生する恐れがなく、また、多数の吸引孔が円周溝を介して中芯紙を吸着する形式であるため、吸引の程度が柔げられ、それでいて充分な吸着が達せられる上に、高速運転しても吸引機構や吸引効率に何らの支障を及ぼすことなく、さらにロール表周面に対する密着性が良いので、中芯紙の段成形が完全で、したがつて中芯紙の段頂には均等な糊塗布が行われ均一な段高さの製品が得られるという作用効果を奏するものである(同第五欄第二七行ないし第六欄第一三行)。
2 一方、第一ないし第一一引用例には、審決認定の技術的事項が記載されていることは当事者間に争いがない。
3 取消事由一について
原告は、本件発明の「円周溝の溝幅を可及的に小さくでき、高速運転に伴つて強い吸引力で薄手材料の中芯紙を吸着しても溝幅による吸引凹みが発生するおそれがない」との作用効果を否定するものである。
本件発明の出願前公知の下しわ付けロール表周面を備えた片面段ボールを製造するシングルフエーサにあつては、ロール表周面に多数の吸引孔を設け、右吸引孔を大気圧より低圧に維持しているロール中空部に通じたものや、ロール表周面に囲繞する円周溝を設けて右溝に吸引パイプを挿入したものがあつたが、前者にあつては、吸引孔が直接中芯紙と接触するので目詰りが起りやすく、また吸着力も弱いという欠点があり、後者にあつては、吸引パイプを挿入しなければならないため、円周溝の溝幅を広くとる必要があり、特に中芯紙が薄手材料の場合、吸着された中芯紙は溝幅のところで凹み、その部分が糊付不足あるいは成形不良となり、この傾向は高速運転時特に著しいという欠点があることは前記1で認定したとおりである。これに対し、前掲甲第六号証によれば、本件発明はその特許請求の範囲において「表周面に複数の円周溝を囲繞し、前記溝の底部をロール段谷部分より低くなるように設け、前記溝の底部に多数の吸引孔を穿孔し、前記吸引孔を大気圧より低圧に維持されたロール中空部へ連通した下しわ付けロール(本件公報第一欄第二二行ないし第二六行)」なる構成が記載され、そして本件明細書の発明の詳細な説明において「下しわ付けロール3は、ロール表周面に複数の円周溝32を囲繞し、溝底321をロール段谷31部分、又は、これより低くなるように設け、溝底面321にロール中心部に向かつて放射線状に配置した多数の吸引孔33を穿孔し、吸引孔33は、大気圧より低圧に維持されたロール中空部34へ通じている(同第四欄第一一行ないし第一六行)。」と記載されていることが認められ、右記載からすれば、本件発明は、円周溝を介して吸引孔によつて吸着するものである(この点で前記した後者のシングルフエーサに属するものである。)が、前記した公知例のものと異なり、吸引パイプを円周溝に挿入するものではないから、吸引パイプによつて溝幅が規制されることがなくなり、溝幅は必要に応じて可及的に小さくすることができ、溝幅が狭くなることから高速運転に伴つて強い吸引力で薄手材料の中芯紙を吸着しても前記した公知例のような溝幅による吸引凹みが発生するおそれはないという顕著な作用効果を奏することができるものであると認められる。
してみると、本件発明は、第一ないし第一一引用例記載のものの構成を適宜組み合わせることにより、前記認定したとおりの格別の作用効果を奏するものであるから、前記各引用例記載のものを組み合わせて本件発明の構成を得ることが当業者にとつて容易であつたとはいえないとした審決の判断に誤りはない。
なお、原告は、溝幅を小さくすれば吸引力が弱まり、技術的効果は向上されない旨主張するが、「可及的に小さくできる」とは、必要以上に小さくすることではなく、吸引パイプによつて溝幅が規制されることなく、吸引力、溝幅による座屈応力等を考えて最適の円周溝の溝幅を設定できるという趣旨であり、しかも円周溝は複数設けられるものであるから、全体として吸引力が弱まるということはないものと認められる。また、原告は、円周溝の溝幅について、本件発明の出願前公知であつたフインガ付きシングルフエーサの上しわ付けロールの円周溝は通常二・五ないし三・〇ミリメートル程度であり、本件発明の実施製品の溝幅と変わらないものである旨主張するが、フインガ付シングルフエーサの上しわ付けロールの円周溝はフインガが長い場合にその先端を差し込むためのものであつて、中芯紙の吸着とは何ら関係のないものであることは技術上自明のことであることからして、その溝幅と本件発明における下しわ付けロールの溝幅とを比較するのは相当ではなく、原告の前記主張は理由がない。
4 周消事由二について
原告は、閉塞手段及び蒸気加熱手段は本件発明において必要不可欠な構成要件であると主張する。
本件発明は、下しわ付けロールを高速運転しても、強い吸引力で中芯紙を保持して移行できるようにすると共に中芯紙の損傷変形及び糊付過不足部分の発生を防止できるようにした片面段ボールを製造するシングルフエーサを提供することを目的としたものであることは前記1で認定したとおりであり、前掲甲第六号証によれば、本件明細書の特許請求の範囲には、本件発明の要旨記載のとおりの構成が記載されていることが認められ、右記載によれば、本件発明の特許請求の範囲には閉塞手段及び蒸気加熱手段の構成は記載されていない。
ところで、前掲甲第六号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明には「片面段ボールを製造するシングルフエーサは、上しわ付けロール2と、下しわ付けロール3と、糊付手段5と、圧力ロール7と、閉塞及び案内手段4とを備えている(本件公報第四欄第二行ないし第五行)。」「閉塞及び案内手段4は、下しわ付けロール3の上部に配置されたプレート41からなり(同第四欄第三七行、第三八行)」「プレート41は、下しわ付けロール3において、中芯紙1を吸引保持していない溝32部分及び吸引孔33を閉塞して中芯紙1の吸着に関与している溝32部分及び吸引孔33の吸引力の増大乃至吸引力の有効利用に役立つ(同第五欄第一七行ないし第二二行)」「上しわ付けロール2は、中空部21に過熱水蒸気を充満してロールを加熱できるようになつている(同第四欄第六行ないし第八行)」「送られてきた中芯紙1は、上しわ付けロール2によつて案内されたあと、上しわ付けロール2と下しわ付けロール3に挟まれる。この際、中芯紙1は上しわ付けロール2によつて加熱されながら、しかも下しわ付けロール3の円周溝32を介して吸引孔33によつて強く吸引されながら移行して、確実に波形のしわ付けがなされる(同第五欄第三行ないし第九行)。」と記載されていることが認められる。右事実によれば、本件明細書中には閉塞手段及び蒸気加熱手段を有するものが実施例として示されており、閉塞手段によつて中芯紙の吸着保持が、蒸気加熱手段によつて中芯紙の波形しわ付けがより一層確実に行われることが認められる。しかしながら、前掲甲第六号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明には、さらに、「本発明(「面」とあるのは誤記と認める。)シングルフエーサの下しわ付けロールの吸引機構は、ロール表周面に適当間隔毎に設けた複数の円周溝の底面に多数の吸引孔を穿孔した構造のため、円周溝の溝幅を可及的に小さくでき、高速運転に伴つて強い吸引力で薄手材料の中芯紙を吸着しても溝幅による吸引凹みが発生する恐れはなく、また、多数の吸引孔が円周溝を介して中芯紙を吸着する形式であるため、吸引の程度が柔らげられ、それでいて十分な吸着が達せられる上に、高速運転しても吸引機構や吸引効率に何らの支障を及ぼすこともなく、更にロール表周面に対する密着性がよいので、中芯紙の段成形が完全で、従つて中芯紙の段頂には均等な糊塗布が行われ均一な段高さの製品が得られる(本件公報第五欄第二七行ないし第六欄第一三行)。」と記載されていることが認められ、右記載からすると、本件発明は、特許請求の範囲に記載されている構成要件、すなわち、下しわ付けロールの表周面に適当間隔毎に設けた複数の円周溝の底面に多数の吸引孔を設け、その吸引孔が円周溝を介して中芯紙を吸着する構成によつて、下しわ付けロールを高速運転しても、強い吸引力で中芯紙を保持して移行できるようにすると共に中芯紙の損傷変形及び糊付過不足部分の発生を防止できるという本件発明の作用効果を奏するものであることが認められる。
してみると、本件発明において、閉塞手段及び蒸気加熱手段は、それがあることによつてより一層の効果を奏することはあつても、必ずしも必要不可欠なものとはいえないから、これが必須の構成要件であり、特許請求の範囲に記載されるべきであるとする原告の主張は採用し得ない。
5 以上のとおりであつて、本件発明の進歩性及び本件明細書の記載不備についての原告の主張に対する審決の認定判断はいずれも正当であつて、審決に原告主張の違法はない。
第三 よつて、審決の取消しを求める原告の主張は失当としてこれを棄却する。
〔編注1〕本件発明の要旨は左のとおりである。
上しわ付けロールと、前記上しわ付けロールと噛合して送られてくる中芯紙に波形のしわを付けるロールであつて、しわ付けされた前記中芯紙を吸引保持するため、その表周面に複数の円周溝を囲繞し、前記溝の底部をロール段谷部分より低くなるように設け、前記溝の底部に多数の吸引孔を穿孔し、前記吸引孔を大気圧より低圧に維持されたロール中空部へ連通した下しわ付けロールと、しわ付けされた前記中芯紙のしわ頂に糊を付ける糊付手段と、前記下しわ付けロール上の糊付けされた前記中芯紙に、送られてくるライナ紙を圧接して貼り合せる圧力ロールとを備えた片面段ボールを製造するシングルフエーサ(別紙図面参照)。
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙図面
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